とあるワークショップで、シスターとご一緒した。
修道会の管区長をされている。
いろいろな対話をした。
信仰のこと、システムのこと、教育のこと、家族のこと、愛のこと。
神を信じるということについて、それぞれの考えを述べ合いながらお互いに近づいていく。
「死んでからのほうが、僕の中で存在が大きくなっている人がいます。死んでしまったからこそその存在が絶対になっています。 そのことが怖いです。」
「キリスト教、特にカソリックではそれを『復活信仰』と呼んでいます。あなたの小宇宙に神がいるということです。」
信仰に対する僕の誤解がひとつ解けた。
神様は僕の中だけにしかいないので、僕は信じたいと強く思うものを強く信じればいい。
自分のカウンターパートとしての神様。
「キリスト教を問わず、あらゆる信仰や宗教が原因で争いが起きています。どう思いますか?」
「誰もが信仰を選ぶ自由があります。人間がこの姿でこの世につかわされてから争いごとはなくなっていません。 私には私のミッションがあって、それはキリストを信じるということです。神と繋がっているということを生活の中から人に伝えていくこと。 良き牧者になること。争いがなくなるために。」
シスターは、決して押し付けず、穏やかさを絶やさず、感情を伝える。
一緒に涙を流したり、大きな声で笑ったり。
大きなことはしなくても、小さなことを続けていくことのほうがやっぱり大事なんだな。
二人で祈りを持った時間が、平和そのものでした。
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