夕方4時、新宿から市ヶ谷に向かう総武線の中。
僕は少し空いている席に腰掛けて、イヤホンを耳に入れてアンジェラ・アキの「手紙」 を聴いている。
窓の外は雨が少しだけ降っていて、空は暗くて、僕は窓の外の風景を目で追っている。
向かいの席にはきちんとした制服を着て制帽をかぶった小学校3年生くらいの男の子。
その右隣にはその子の母親らしき女性。
左隣には幼稚園くらいの男の子。
お母さんがプリント(どうやらテストのようだ)を手に、厳しい顔と大きな声で少年に声をかける。
「ねえ、なんでこんなところを間違えるの?信じられない!あれほど言ったじゃない!」
「なんでこんな字も書けないの?なんのために習字を習わせてると思ってるの!?もう、あきれて声も出ないわ!わかる?ねえ、 勉強しないとバカになるのよ!」
イヤホンを着けて音楽を聴いている僕にもその声が届くくらいの声の大きさ。
周囲の人はちらちらと横目で見ている。
僕はそのお母さんの声の大きさにショックを受ける。
少年と目が合う。
涙を浮かべて、お母さんを見上げていた少年が僕を上目遣いに見る。
弟は、手元のカードゲームに夢中になっている。
僕はそっとイヤホンを外す。
相変わらずお母さんはテストの内容の不出来さについて少年を責めている。
また少年と目が合う。
「ダイジョウブ」と声にせず声をかける。
「ダイジョウブ。」
少年は僕をじっと見つめる。
僕はなんともいえない気持ちに襲われる。
「ダ・イ・ジョ・ウ・ブ。」
と声にならない声で、口のカタチで彼に伝える。
相変わらず彼は上目遣いで僕を見ている。
四谷を過ぎたあたりで、お母さんは
「どこ見てるのよ!私はあなたに話してるんだから聞きなさいよ!」と声をさらに荒げる。
一度彼は目を伏せて、もう一度僕を見つめる。
もう一度だけ「ダ・イ・ジョ・ウ・ブ。」と伝える。
彼がうなずく。
電車は市ヶ谷に着いて、僕は立ち上がる。
僕にとってはとても苦しい時間だった。
胸が締め付けられた。
涙がこみあげてきた。
何もできず、不甲斐ない気持ちになった。
「大丈夫だ、僕は君の味方だ。君のお母さんは君のことが好きなんだ。」と伝えるしかなかった。
少年を助けてあげたかった。
そしてお母さんにも「大丈夫。」って声をかけてあげたかった。
親が子どもを想う気持ち。
教育ってなんだろう?
もしかしたらお母さんは子どものテストの結果が自分に対する評価として受け止めているのかもしれない、と思った。
もしかしたらお母さんはひたすら自分の子どもの幸せを願っているだけなのかもしれない。
でもその評価が受け入れられなくて、恐怖や不安を感じていたのかもしれない。
お母さんや少年の恐怖や不安を取り除いてあげるにはどうしたらいいんだろう。
僕に何ができるだろう。